【夜光物語】 第伍話「地獄からの再出発」

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とりあえず私は、その狐の少女にきれいな水と食料を差し出した。はじめは警戒する目つきをこちらに向けていたので、先に一口食べて安全であることを示した。ガツガツと飲み食いする様子を見ると、どうやらまともな食事は久しぶりらしい。

「おふぃふぁんふぁ、ふぁふぃがふぉふふぇふぃふぁふぉ...」
...食べながら話すので、何を言っているのかさっぱりわからない。
「食べ終わってから話してください。待ってますから。」
私は失笑交じりに言った。まあ、笑うといっても以下略


一分後、少し落ち着いた様子のその少女は、こちらを見上げて不思議そうにこう言った。
「おじさんは何の人?どうして私を避けないの?ゴースト怖くないの?」

二回目の突入時、私には「視えて」いたから、どうということはなかった。しかし、実際にこの少女が見えていたわけではない。私が視ていたのは、この場に流れる妖気なのである。

ゴースト妖怪問わず、怪異たちの体には妖気というエネルギーが流れている。これは彼らが生きている限り、常にその体内で生み出され、循環し続けている。逆に言うと、この妖気が何らかの理由で体から失われてしまった時、それはその怪異の死滅を意味する。またその妖気を、怪異たちは自身の能力を使う際に消費する。


そして私はその妖気を「視る」ことができる。先ほど飛んできた石礫は、小石ほどの大きさの妖気が中心部にあるだけだったし、水流は手ですくったほどの液状の妖気だった。そこで私は、それらが幻影を見せられているだけだと気づくことができたのだ。(一回目の失敗は、慌ててよく「視る」ことができなかったせいである。)

黒い塊の中に、一般的な妖怪の妖気が視えていたため、私はこれがゴーストではないと分かった。真相はそういうことなのだが、

「私の目には、なんでも見えるんだよ。」

その少女には、端折って伝えることにした。面倒だから。

「ふーん」

分かったような分からないような声で、少女は相槌を打った。

「さて、今度はあなたの話を聞かせていただきたいのですが。」
私はそう切り出した。


そこからの話は、とても気分の悪いものだった。

彼女は、あの狸山家に生まれたらしい。狸の獣人と長きにわたり対立している、狐の獣人の姿で。

聞けば昔、狸の里の男と、狐の里の女が、駆け落ちをしたらしい。その男は狸山家の唯一の跡継ぎだったため、大規模な捜索が行われた結果、彼らは数ヶ月で両家に引き戻された。

狸山家にとっての問題は、男が里に連れ戻されて程なく、自殺をしたことだ。当然、跡継ぎを失った狸山家は困る。狐の里の領主も、問題を抱えていた。その女が、既に子供を身ごもっていたのだ。生まれた子供は...狸の獣人だった。

両盟主の間で秘密の協議がなされた結果、その子供は狸山家の子供として預かられることとなった。自らの子供と引き裂かれたその狐の女は、その後精神を病んだ。彼女は死に際にこう言ったらしい。私は呪いを遺して死ぬ、両家に祟りあれ、と。その後狐の里では不審死が相次ぎ、領主の家は滅びてしまった。


彼女はいわゆる、先祖返り、というやつだ。狸山家に残された狐の血が、たまたま濃く出たのだろう。狸山家の主人は、秘密の露見と同時に、祟りを恐れた。だから彼女を隔離した。それでも彼女を殺さなかったのは、呪われることを恐れたからだろう。しかし程なくして、こうしたうわさが流れてきたわけだ、狸山の離れに、ゴーストが出るらしい、と。ゴーストバスターを呼ばなければならないが、祟りかもしれない。そうだとしたら、世間に秘密が露呈する危険性が高まる...というのが、あの領主が考えていたことだろう。触らぬ神に祟りなし、とは言うが、いやいや、ゴーストは対処しないと被害が大きくなるぞ...。それが一人の狐の女の子がいる場所なら、なおの事どうにかせねばなるまい。まあ、彼は少女のことなど頭の片隅にもなく、自分の保身しか考えていないだろうが。はあ。

自分のことについて語る少女の口調は、淡々としていた。いや、冷静をになるように努めていたが、妖気は乱れている。やはり辛いのだろう、自分が誰からも嫌われていたなんて話をするのは。


ふむ...


少し考え、私は話し終えてうつむいてしまった少女に言った。

「私はゴーストバスターとして依頼を受けました。なので私は、この場所からあなたを排除しなければならない。」

「なっ...!?」

少女はそれを聞くと驚いた様子でこちらを見上げると、後ろに飛んで構える。

が、遅い。

少女が構えた時、私は既に少女のすぐ前に立ち、そして、

 

彼女の頭に手を置いた。


撫でた。しばらくこの小屋にずっと籠っていたからか、その黄金色の毛はゴワゴワとしていたが、その下にはぬくもりが感じられた。この子は、ずっと必死に生きてきたのだ。

「あなた、私と共に旅に出ませんか?」

「おじさんと?」

「ええ、そうすればここにゴーストはいなくなるでしょう?依頼は解決ですよ♪」

少女は少し黙って、考えるそぶりを見せた。

「いいの?私は...呪いの子だよ?もしかしたら祟りがおじさんに...」


「そんなものはありません。あなたはあなたです。それにもし、祟りが私にあるとしても、私なら対処できますよ。ゴーストバスターですから。」

私は微笑んで答える。()

「...」

 

数分後、私は少女と共にその小屋を出た。夕日で空は真っ赤に染まり、八咫烏が山の方に飛んでいくのが見えた。
そこで私は、ふと疑問を投げかけた。

「あなた、名前はなんて言うのですか?」

「うーん...無いの。生まれた時から、私はただの呪いだったから。」

「無いのでは困りましたねえ、これから呼ぶ機会も増えるでしょうし。」

「...私、おじさんに名前をつけてほしい。私を普通の女の子だって言ってくれた、私に生きる意味をくれた人。」

「なるほど...。では、タマモ、というのはいかがでしょうか。物語に登場する、狐の御姫様の名前です。」

「タマモ...うん!ありがとうおじさん!」

少女は嬉しそうに笑った。にっこりとしたときに口から覗く八重歯がかわいらしい。尻尾がふぁさふぁさと左右に揺れ動く。

「おじさんの名前はなんていうの?」

「私の名前は...」

私は自分の名前を付けて貰ったときのことを思い出しながら

「リハク。私はリハクです。」


黄昏時の燃えるように赤く揺らめく世界の中、二つの影は消えていった。


第五話「地獄からの再出発」

 

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