【夜光物語】第漆話 「不思議な出会い」
翌朝、二人は宿から出て歩き出した。いくら夏とはいえ、ここは山奥。朝靄がかかる中、少し涼しいくらいの気温だった。
「リハクさん、どこに向かうの?」
タマモがこちらを見上げて尋ねてきた。
「ここから南に数時間歩くと、少し大きな宿場町があります。そこまで行きましょう。ゴーストバスター協会の支部もありますしね。」
「わかった!」
そういうと、タマモはパタパタと駆けていき、私の少し前を歩き出した。ふんふんと鼻歌を歌い、尻尾をふぁさふぁさと揺らしている。昨晩でだいぶ体力を回復できたらしい。
彼女が着ているのは、赤い女の子用の着物だ。昨晩泊った宿屋のおばあちゃんが、自分の孫が使っていたおさがりだといってくれたのだ。タマモは貰った着物を抱きしめ、おばあちゃんありがとう!と目を輝かせていた。長い間他の妖怪から不遇な扱いを受けて来たのに、ずいぶんと礼儀正しいし、素直でいい子だ。おそらく彼女の話に出てきた、使用人のおばあがいい人だったのだろう。
タマモの様子を見つつ何度か休憩をはさみながら、太陽がてっぺんに上るころには無事に目的地の街にたどり着くことができた。大きな街道上にある宿場町なだけあって、たくさんの妖怪たちが往来している。道沿いには多くの店や旅館が立ち並んでおり、客引きの声、旅人たちの足音、馬の鳴き声なんかでガヤガヤととても賑やかだ。
「あいすいません、ちょっと通ります。」
そう言って後ろから声を掛けてきたのは、荷物を背負った一つ目の馬を引く、小豆とぎの集団だった。恐らく西から物を運んできた馬借達だろう。妖江戸の町に向かっているのか、私たちが道を開けると周りには目を向けずにそのまま街を出て、東に向かっていった。
「うわあ…」
はぐれてはいけないので、私と手をつないで歩いているタマモは、口をポカンと開けて、あちこちをキョロキョロと見まわしている。
「すごいすごい!村の何倍も怪異がいる!」
そう言って興奮した様子を見せていたタマモだったが、ふと歩みが遅くなった。
瞳を向ける先にあるのは…
「食べてみたいですか?五平餅。」
「いいの!?」
「ええ。朝から結構歩きましたから、お腹もすいているでしょう。」
私がそういうと、タマモは屋台まで私の手を引いて行った。入道のおやじが焼いている五平餅は、醤油がちょうどいい具合に焦げており、香ばしい匂いが漂っている。確かに美味しそうだ。
まあ、美味しそうといっても、私は口で味わうことはできないのだが
五平餅を購入し、ゴーストバスター協会に向かっていると、宿屋の中からサルの獣人が出て来た。黄色い着流しに、猿屋というロゴの入った紺の前掛けをしている彼は、手をもみながら私たちの右手に付いて歩き、話しかけてきた。
「そこの一つ目の旦那!今夜はうちへ泊っておいきよ!今なら安くしとくよ!」
するとそこに、向かいの宿屋から犬の獣人が出てきた。こちらは赤い着流しに、犬屋と入った黒い前掛けだ。
「いやいやいや、うちの方が安いよ!しかも猿の店より清潔だ!こいつの店ときたら、ノミばっかりでおちおち眠れやしねえ。」
「なにおう⁉お前のとこの飯なんて、肉ばっかりじゃねえか!もう少し彩とか考えられねえのかよ!?」
「ああん!?キイキイわめくなこのくそ猿が!」
「何だとこの犬畜生が!」
...私たちを挟んで喧嘩が始まってしまった。
タマモはすっかり怯えてしまい、私の腰のあたりにしがみついている。はあ。あまり明かしたくはなかったのだが、仕方あるまい。
「私はゴーストバスターです。協会に向かっているので、その道を通してください。」
そう言ったとたん、二人はびくっとして口論をやめ、作り笑いをこちらに向けた。
「ご、ゴーストバスター様でいらっしゃいましたか。大変失礼いたしました。」
「ど、どうぞお通りくださいませ。」
そういうと彼らは、スッとお店の中に帰っていった。
周囲の喧騒はいつの間にか静まり、辺りにいた妖怪たちはこちらに視線を向ける。
タマモはその変化を不思議そうに見つめ、私に問いかけてきた。
「どうしてみんな、こっち見てるの?」
「どうやらこの町のゴーストバスター協会は、あまり民衆と良い関係を築けていないらしいですね...。たまにそういう町もあります。」
私たちは少し足早に、その場を離れ協会の建物に向かった。
第七話「不思議な出会い」